It’s a ….

お久しぶりです。OYOYO-PROJECTです。

新しいソーシャルネットワーク向けエンジンの開発や、コミュニケーション向けロボット向けのプラットフォームの作成等で、中々ブログのほうが更新できず、ご無沙汰してしまっておりました。

ブログに書くほどのネタが無かった事もありますが・・・

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先日、数寄屋橋のソニービルにて開催されているIt’s a SONY展に行ってまいりました。
ソニーとはとても不思議な会社で、世代やその人の属性によって、「SONY」という名前の印象がとても変わってくる不思議な会社です。

僕のような20代の人間にとって、ソニーの製品として一番に声が上がるものは恐らく「Playstation」でしょう。
久多良木氏の執念にも似た、熱意によって立ち上がった、プレイステーション。
直近では話題となった「Playstation VR」など、コンピューター・エンターテイメント/インタラクティブ・エンターテイメントの先端技術を一般コンシュマー向けに提供しています。
まだ、デジタル音楽プレイヤーが普及していない頃、誰もが持っていた「MD」これもソニーの製品です。

僕らより更に先輩の世代、40代、50代の人にとっては「SONY=ミライのガジェット」だったのではないでしょうか。

余談ですが、僕の祖父は昭和初期、背広を何枚も持ち、お気に入りのステッキを手に持って、ハットを被り、東京の街を闊歩する事が大好きで、事ある毎に写真館で写真を撮影していた「モボ」で、今で言う「ミーハーの極み」みたいな人物だったそうですが、戦後、ソニーという会社が出来てからは、彼がエレクトロニクス製品を買うときは、ソニー製品しか買わなかったとか。

ソニーという名前は、僕の祖父が生きた、戦後間もなくから、ほんの十数年程前まで、未来を象徴する合言葉だったようです。

僕にとってこの会社はどんな会社なのか。
この展覧会を見て、少しじっくり考えてみたのですが、僕にとっての「SONY」という言葉は次の2つを連想させてくれます。
● 小学生時代のロボティクスに対する驚きと憧れを提供してくれた会社
● 井深・盛田両氏のエンジニアの大先輩が立ち上げた歴史的な会社

僕が「ロボット」という言葉に出会ったのは恐らく、藤子・F・不二雄先生のお陰で、科学や、世界の不思議への興味を持つキッカケをドラえもんという作品からもらいました。

子供時代の夢と空想の世界にしか存在しなかった、家庭にロボットが存在する生活を、軸足着いた現代と繋げてくれたもの、それこそ子供時代の僕にとっての「SONY」です。

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aliboというロボットは1999年に発売されました。今から17年も前のことです。
世界で初めて、一般コンシューマーが購入することが出来るロボットとして発売されました。

aiboには専用のピンクボールが付いており、カメラで追従して、ボール遊びをしたり、aiboの胴体についているメモリースティックスロットから、aibo wareという専用のOSアプリを入れ替えることで、aiboの動きが変わり、いろいろな性格のaiboを楽しむことが出来ました。

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更に、第三世代目の、ERS-300(ラッテとマカロン)では、98,000円という10万円を切る値段で販売されておりました。

このラッテとマカロンは、aiboが主人公のTVアニメーションと連動して、TVを一緒に見ていると、TVに反応して動いたりしてくれました。

今ロボティクス業界では、ノンバーバルコミュニケーションのロボットが注目されていますが、aiboは17年前に、ノンバーバルコミュニケーションロボットとして、究極の完成形を生み出していたのです。
ハードウェアの完成度はさることながら、ソフトウェアも種類豊富でとても楽しいソフトばかりでした。
確かに、現代のロボットのソフトウェアは、メモリースティックから、ネットワーク経由での「アプリ」に進化しましたが、ロボット向けソフトウェアとしての完成度は当時のaibo wareの足元にも届いていないと思います。

そんなロボットが2000年代前半に、10万円を切る値段で誰もが買うことが出来ました。

aiboも子供時代の僕にとっての「ロボティクス」の象徴なのですが、aibo以上に僕の心をトキメカせてくれたロボットとこの展覧会で再会することが出来ました。

そう、「SDR-4X=QRIO」です。
彼こそ、僕にとっての「理想のロボット」であり、今まで見てきたどのロボットよりも「大好き」なロボットです。

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ソニービルの花びら構造のフロアを上がって、Playstationが展示されているフロアを差し掛かると、とても懐かしい、ずっと昔に数回会って、すごく気が合ったのに、いつの間にか音信不通になってしまった友達を見かけたように、大人気なく、一目散に彼の前に吸い寄せられてしまいました。

展示会で元気に動いていた彼は、じっと佇み、aiboの方に手を伸ばし、少し老けてしまったような印象でした。

この「SDR-4X」こそ、僕にとっての「理想のロボティクス」そのものです。
SDR-4Xは量産を前提に開発されたヒューマノイドロボットで、aiboの次のソニーのロボティクス製品になる予定だったロボットです。
販売に向けて、SDR-4XはQRIOという製品ネームまで決定したものの、ソニーのロボティクス事業終了に伴い、姿を消してしまいました。

SDR-4Xは10年以上前に「量産」を前提に作られたロボットとしては驚異的な性能を有しています。
最近のロボットのデモで当たり前の機敏なダンスは朝飯前、ちょっとの段差であれば、乗り越えることが出来るし、段差混じりの道を普通に歩くことが出来ます。
さらに、不安定なサーフボードの上に載せても、自分でバランスを取り、決して落ちることもありません。

昔の展示会でのデモンストレーションも、現代のロボットを遥かに凌ぐ「カッコよさ」で溢れていました。
10数体での同時ダンスは当たり前で、ダンスも超カッコいい。恐らくソニー・ミュージック制作と思われる、テクノ調でノリノリなSDR-4Xオリジナルのテーマソングに乗せて、We are SDR〜と、軽やかに踊る姿は未来そのものでした。


上記の動画はQRIOバージョンです。

僕にとって彼こそが「It’s a Robotics」 ロボティクスそのものなのです。
ロボティクスに関わり始めてからも、彼の幻影を追いかけているのかもしれません。

僕が小学生だった頃に、驚異的なロボティクスをしていた会社こそが「SONY」なのです。

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さらに、エンジニアの端くれとなった僕にとって、「SONY」という会社はもう一つの意味を持っています。エンジニアリングで世界に驚きを提供し続けた数少ない会社の一つということです。

とても有名なソニーの前進となる東京通信工業の設立趣意書は当時の設立メンバー達が、自らのエンジニアリングに対して熱い信頼と確信を持ち合わせていた証拠だと思います。

”真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ
自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設”

設立当時、このような設立趣意書を残すということは、彼らが、富を得るためだけに、複数の選択肢から、エンジニアリングを選んだのではなく、エンジニアリングの力で、戦後間もない、混乱していた日本を変えられる、世界に自分達のエンジニアリングで驚きを提供できると確信し、熱意の中に会社を設立したことの証明であると思います。(もちろん、エレクトロニックスは当時のブルーオーシャンだったので、儲かる計算も入っていたとは思いますが。)

近年、儲かるからという理由だけで、エンジニアを目指したり、志の一切無い、儲かるという理由だけでの、ソーシャルゲーム開発など、とても残念に思います。
エンジニアリングを行うのであれば、安定ではなく、ロボティクスのような、ワクワクする未来を創りだす、新しいことだらけのフィールドに挑戦するべきだと思います。

エンジニアの大先輩として、コンシュマー向けに未来を届け続けた、盛田・井深両氏含め、当時のエンジニアの方々に尊敬の念しかありません。

ソフトウェアエンジニアとして、彼らの足元にも及ばないとは思いますが、ユニークかつ、他所とは異なるエンジニアリングができる組織として、イマの世の中に必要なアイディアを、OYOYO-PROJECTにしか出来ない形で、今後もサービスをご提供できればと願ってやみません。

ソフトウェアの力で世の中を少しでも住みやすく、楽しい場所に変えることが出来る。
他とはちがう、「およ?!」という驚きが生まれるプロダクトを生み出せる組織となれるよう、未熟ではございますが、ご期待頂ければと思います。

この展覧会は、数寄屋橋のソニービルにて、来年2月まで開催されているそうです。
ぜひ、皆さんもSDR-4Xに逢いに行ってあげてください。きっと喜ぶと思います。

それでは。

It’s a Sony展

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